失語症訪問相談シェヴー 〜「言葉人」研究所〜

言葉は連鎖している



  ジャック・ラカン(1901-1980)は言語活動(ランガージュ)から人間というものを考え抜き、語り続けたフランスの精神分析家です。そのラカンに「シニフィアンの連鎖」という概念があります。この概念をふまえて、今ここで、言葉はとにかく様々に他の言葉と繋がっていて終わりがない、しかも、その言葉が持っている意味に縛られることなく、如何様にも繋がると考えてみます。すると次のようにも考えられます。例えば、あなたが今話しているその言葉は、これまであなたが出会った人たちからあなたに向けて話された言葉すべて、そしてあなた自身がそれまでに聞いて見て話して書いてきた言葉のすべてと繋がっているのだ、と(むろん私たちは普段こんなことを考えながら喋っているわけではありませんが)。つまり、あなたが今話しているその言葉は、あなたがこれまで見聞きし話し書いてきた言葉との繋がり・連鎖の最後に位置しており、同時に、この先あなたが話し聞くことになる言葉の始まりの位置にあるということになります。
   こうした言葉の連鎖全体というものを考えた時、あなたにおいて連鎖されてきた言葉の全体は決して誰のものとも同じになることはなく、あなた自身の固有のものというしかありません。しかし同時にその固有なものは自分ではない他者たちの言葉によって成り立っているわけです。私たちは自分だけがもつこのような言葉の連鎖という制約の中でしか話せないのですが、同時に言葉の連鎖たちが交錯し合うこの世の中で、その連鎖を続けていくのも私たち自身でしかないのです。
   日常会話での何気ないたった一言にさえ、時にその人そのものをはっきりと感じることがあるのは、言葉というものがそもそも人それぞれに固有に連鎖され続けてきたものだからなのでしょう。このことは失語症があるとしても全く変わらないことです。

言葉を使う vs. 言葉が動く
言葉は連鎖している
「話せない」という起源と
  失語症者〜回復の両義性
「真理」と失語症者の発話
  (parole パロール)
シニフィアンが失語症を可能にする